データドリブンな番組制作への転換 〜TBSラジオにおける聴取者分析の実践〜

株式会社TBSラジオ

- 課題
- 番組を横断したリスナーの動きが把握できず、より細かなデータ分析を実施できる環境がない
- 新規リスナーに対する細かい分解ができない
- 社内におけるデータ分析の文化が未形成
- 目的
- 聴取者に対するクラスタリングの実施
- データドリブンな文化の醸成
- 効果
- 天気や祝日情報など、複数情報と掛け合わせた聴取者に対する分析が可能に
- クラスタリングにより、一枚岩のファンが支えていることが如実化
- 社内にデータを用いたコミュニケーションが増加
2026年にはラジオ開局75周年を迎える株式会社TBSラジオ。「radiko」の登場により、ラジオ業界におけるデータ活用が本格化し、TBSラジオ社でも取り組むことに。
ラジオ以外にもさまざまなメディア・プラットフォームにてコンテンツが提供されているが、特にこの直近2〜3年で注力されているのが「TBS Podcast」だ。「TBS Podcast」は2024年12月現在、国内最大規模のプログラム数と再生数を誇り、現在もスケールし続けているプラットフォームである。
今回、TBSラジオにおける聴取者分析のためのデータ基盤構築を、データエンジニアリングプロフェッショナルサービス(以下、プロフェッショナルサービス)にてご支援しました。サービス導入の背景や活用状況、そして今後の展望について、株式会社TBSラジオ 総合戦略局 編成戦略部の富田大滋様にお話を伺いました。
抱えていた課題
誰がいつ、どのラジオ番組を聞いたのか、聴取者データが取得できていなかった

富田 大滋様(以下、敬称略): TBSラジオは1951年に開局し、2026年には開局75周年を迎えます。株式会社TBSラジオはその名の通り「ラジオ」を生業としていますが、その他にもさまざまなコンテンツを、さまざまなメディア・プラットフォームでお届けしています。そして直近2〜3年で注力しているのが『TBS Podcast』です。
『TBS Podcast』は2024年12月現在、国内最大規模のプログラム数と再生数を誇っています。タイトル数は150以上、エピソード数、コンテンツ数は37,000を超えており、月間再生回数では2,600万回以上(※2024年12月時点)と現在もスケールし続けている、頼もしいプラットフォームです。
また、弊社はYouTubeにも注力しています。チャンネルを開設した10数年前は、『TBSラジオ公式(@tbs9259)』というひとつのチャンネル上でさまざまな番組を配信していました。現在はリスナー目線に立ち返って番組ごとにチャンネルを独立させており、公式の切り抜きチャンネルを含めて20チャンネル以上を抱えています。2024年12月現在の総視聴回数が11.6億回と、こちらも現在進行系で大きく成長し続けているところです。
富田:開局から70数年はデータを分析して番組制作に活かすことは、ほとんどなかったのが実態だと思います。ただ新しい部署の立ち上げをきっかけに、「リスナー数の計測」と「再生時間の最大化」を目的にデータ活用に取り組むことになりました。
また同時期、我々を取り巻く市場でも変化が起きていました。競合他社がお客様に対してデータを提供し、データを理解し、データを扱えるというレベルに進んでいるという実態を受け、やらざるを得ない状況に追い込まれていました。
部門立ち上げ当初、根拠のない状態ではKPIを立てられないと思い、弊社で当時の状況を把握するためにリスナー数と収益の関係を分析しました。ラジオにおいて最も重要な存在であるリスナーさんが多ければ多いほど、その番組の収益性が高まるとの仮説を立て、番組ごとにリスナー数と収益性の相関を出しました。
結果として、明確な相関は見られませんでした。
しかし、だからといってリスナー数は番組にとって必要のない数字だとはなりません。KGIが会社の収益性だったとしても、やはりリスナー数はラジオ番組にとって無視できないデータであるとの結論になり、リスナー数といった聴取者データをKPIとしてデータ分析に取り組むことになったのです。
富田:もともとラジオ業界において、従来の地上波放送で取る事のできるデータは限定的です。データを見たい時には調査会社を通じてサンプリングされたデータを入手する必要があります。
そんな中、株式会社radikoが提供する「radiko(ラジコ)」の登場により、データ活用の転機を迎えました。「radiko」は、スマートフォンやPCでラジオを視聴できる無料のサービスで、番組を提供するコンテンツプロバイダーの私たちにとって配信プラットフォーマーです。
2020年には「radiko」に自社で使えるデータのダッシュボード「radiko viewer」の提供が開始されました。「radiko viewer」はリアルタイムの聴取者数や番組ランキング、ヒートマップなどさまざまなデータを閲覧できます。ただダッシュボード上では番組単体でのデータしか把握することができませんでした。本来は番組を横断したリスナーの動きを把握したり、生データを用いて機械学習にかけてクラスタリングをしたりと、より自由な分析を行いたいと思いました。
合わせて、ラジオ広告の特性を活かしていきたいと考えていました。テレビと比べるとユーザー数は少ないからこそ、番組のファンの質的な特性をデータで裏付け、スポンサーへの提案力を高める必要がありました。「特定の層に深く刺さっている」というラジオならではの価値を、データでより説得力をもって示すことはできないかと思っていたのです。
プロフェッショナルサービスによる支援
伴走支援による基盤構築の実現からデータ活用の広がりまで

富田:まずは、株式会社radikoからradikoの生データを提供してもらいました。しかし、数億、数十億レコードと膨大なデータ量の生データをどのように扱ったら良いか、どのようにデータを見たらいいか分かりませんでした。そこで、primeNumber社のプロフェッショナルサービスに依頼することになりました。1年ほど伴走してもらいながら、データ基盤の構築からデータ抽出、さらに分析ニーズに合わせた新たなデータの取り込みを順番に対応していきました。
まずは3ヶ月間でデータ基盤を構築し、データを格納するところから始めました。分析可能な形に加工し、目的に応じた適切な粒度で処理できるよう設計しました。
次に、radikoから取得できる聴取者の性別や年齢といった一般的なデータの他に『TBS Podcast』のデータやオープンデータ、Web上のデータ、YouTubeのデータなどをGoogle BigQueryに統合しています。そこからLooker Studioで可視化し、AIを活用して次のデータ活用につなげていくことができる基盤を構築いただきました。
今回、ご支援いただいたデータ基盤の青写真は、2020年頃から勉強を進めながら描いていたもので、構築にあたっての苦労はあまりなかったです。実際に、自前でプラットフォームを構築するにはコストが掛かりすぎると他社事例を聞いていましたので、なるべくシンプルに維持費を抑えられる仕組みで導入しました。

富田:追うべき指標を定めることです。ラジオ局の売り上げは、スポンサーからの収入になります。「リスナー数の計測」と「再生時間の最大化」がデータ分析の目的ではあったものの、これらは直接売上と連動しません。
ラジオを聴いてくださるコアなファンに刺さり、そのファンに対して訴求したい商材があればスポンサーは離れません。そのため、ラジオに対するエンゲージメントをどのように数値化し、社内外に見せていくのかという点は検討を重ねました。
また取り組み当初、会社へデータ分析の意義がなかなか伝わらず、データを利用してもらう状況を作るまでがとても大変でした。
富田:新しいことをする時は「こうしたほうがいいよ」と熱量で伝えるというよりは、データという第三者の確固たるものをいかにして受け取ってもらうのか、ということが重要だと思います。くじけず、同じことを伝え続けること、そして成功事例を作り続けてきたことが鍵だったように思います。
プロフェッショナルサービスによる成果
新規リスナーの階層を明確化することで、各リスナーに合ったアプローチで番組を届けられるようになり、94%の新規リスナー獲得に成功

富田: 今回の取り組みでは、それぞれのメディアで別々のインサイトが得られました。特に聴取者データの分析結果が色濃く出たのが「radiko」でした。
「『radiko』の新規リスナー」と一言で表しても、3つの階層に分けられるとわかったことが一つ目の成果です。具体的には以下のように分けられます。
- TBSラジオの当該の番組を初めて聞いた人
- TBSラジオを初めて聞いた人
- 「radiko」自体を初めて使った人
同じ新規リスナーであっても、この3つの階層はそれぞれ聴取者の性質が異なり、当然プロモーション施策も変えねばなりません。たとえば、普段からTBSラジオを聴取している新規リスナーを獲得したければ別番組で番宣を出せば良いですし、「radiko」は使っているがTBSラジオを訪れたことがないリスナーにはSNS広告が有効でしょう。分析しやすく、施策にも落とし込みやすい、ちょうどよいデータの粒度で分析できたことは大きなポイントでした。
特に大きな成果が出たのは、2022年12月に実施した有名YouTuberさんとのコラボ企画です。施策前に仮説を立てた結果、3つの階層のうち「『radiko』自体を初めて使う人」にターゲットを絞ることにしました。弊社のWebサイトではコラボ企画ページに「radiko」のインストールの仕方や視聴方法、いつまで配信されるかを事細かに記載し、何度も情報を発信しました。
その結果、コラボ企画の放送では聴取者のうち94%が新規リスナー、しかもこれまで私たちが獲得しきれていなかった10〜20代の女性層が大半でした。たった一度の放送でしたが、局のMAU(※1か月あたりのアクティブユーザー数)に大変貢献できた大成功の施策だったと思います。これ以降、新規リスナーを獲得する際はまず3つの階層から考えることが浸透しました。
次に、リスナーのクラスタリングでも驚くべき結果が得られました。弊社の番組表では「総合編成」を掲げていますので、分析前には8〜9個にクラスタリングされると思っていました。しかし実際にはひとつだけのクラスター、おそらく70数年で培ってきたTBSラジオの一枚岩なファンが支えてくれていることがわかりました。それは、タイムフリーのユーザーでも同じ結果でした。この特性を理解せず、既存のファンを驚かせるような尖った企画をしてしまうと、一枚岩のファンが離れてしまう懸念があると推測できます。
富田:まずYouTubeについては、聴取者理解よりもYouTubeのアルゴリズム、プラットフォームへの理解が最も重要だったと思っています。プラットフォーム側が視聴者にコンテンツを積極的にレコメンドしてくれるため、コンテンツプロバイダー側はプラットフォームの仕組みを徹底的に理解して配信していくことが重要な要素になってきます。
一つ面白かった例として、地上波で反応が少なかったコンテンツを中国語で吹き替え、アジア周辺の言語で文字起こしを行い、YouTubeで配信しました。結果は16万回再生。どのプラットフォームで、どのように活かすかは、戦術次第で結果が変わってきて、結果が出てくるとこういった取り組みに対する社内の反応も変わってきました。
Podcastについてはクラスタリングの結果、「radiko」と同様にラジオが放送される時間帯に聞かれているというインサイトが得られました。実際のラジオ放送と住み分けるため、検索しやすいコンテンツタイトルを付けるなどPodcastのアーカイブ性を活かす方向の工夫をしました。
またYouTubeほどユーザーの目に留まる面が少ないため、番組のランキングに掲載されるための施策を練りました。さまざまなデータを分析しながら、どうすればフォロワー数が増えるのか、どうすれば完聴率を挙げられるのかを試しました。さまざまな施策を試したところ、ランキング1位を獲得できました。ランキングが上がると再生回数も上がります。ここで得られたノウハウは、今後新たに立ち上げたばかりの番組の認知を一気に高めていく際にとても有効だと考えています。
社内にはこれまでの成功事例を根気強く伝えていった結果、2〜3年かけてようやくデータ用語がプロデューサーにも伝わるようになり、「MAUを上げるためにどうすればいいか」といった議論ができるようになりました。
今後の展望
TBSグループ全体でプラットフォームへの最適化への挑戦

富田:まずはデータ分析をし、狙ったターゲットを獲得するためにPDCAサイクルを回していくという流れを掴んだことで、今後新しいプラットフォームに取り組むことになってもきっと上手くいくだろうという実感を得ました。オーディオの未来はとても明るいと思いますし、コンテンツプロバイダーとしてしっかり戦っていけると感じています。
さらに今後は、TBSグループ全体で2023年10月に立ち上げた共通ID「TBS ID」を活用し、グループを横断したデータを分析できたら、また新しい挑戦ができるのではないかと楽しみにしています。
ラジオ局として70数年培ってきた24時間365日の稼働を止めない、いわゆる“コンテンツ生産工場”のスキームを今後もしっかり活かし、生み出されるコンテンツをさまざまなプラットフォームに最適化して発信していきたいですね。
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