短期間のデータ基盤構築を実現した伴走支援。安定したデータ基盤がホテルでのデータ活用を促進

星野リゾート

- 課題
- ダッシュボードの描画遅延などパフォーマンスにおける問題が発生し、売上動向や予約状況といった重要な指標を現場がタイムリーに把握できず、原因の特定も困難だった
- 自社に適したデータ分析環境の最適な構成や運用方針が定められておらず、加えて人材・ノウハウ不足により、データの信頼性と運用継続性の確保ができていなかった
- 今後のデータ基盤運用の内製化を見据え、専門家による視点や技術支援を求めていた
- 目的
- ホテル運営に関する指標(ブッキングカーブ、ADR、RevPARなど)を安定的かつ効率的に可視化し、経営・現場双方での迅速な意思決定を実現
- 現場主体のデータ活用を広げ、意思決定や業務改善への貢献
- 短期間で成果を出しつつ、将来的な自社運用を見据えたデータ基盤の構築
- 効果
- 日常的に使えるダッシュボードが整備されたことで、マーケティング部門などデータを活用する部門の業務の効率化と施策の高度化に繋がった
- 社員が自らデータを取得・分析できる環境が整い、現場での主体的な活用を期待できるように
- 自社リソースを大きく割くことなく整備でき、伴走支援を通じてスキル移転と自走化につなげられ、現場からの新しいニーズにも迅速に応えられるようになった
「旅を楽しくする」をテーマに、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」「LUCY(ルーシー)」の6つのブランドを中心に旅を提案する星野リゾート。データに基づく意思決定を重視してきた同社では、以前から取り組んでいた顧客満足度以外のデータ活用に必要なデータ基盤の安定性やパフォーマンス、データの信頼性に課題を抱えていた。
こうした状況を解決するため、同社ではデータ基盤の再構築に着手。短期間で成果を示しつつ自走化を目指す伴走型支援として、primeNumberのプロフェッショナルサービスを採用。基盤構築により既存ダッシュボードの改修に着手出来、また現場自らがデータを取りに行ける環境が整いつつある。本記事では、プロジェクトの背景にあった課題、データ基盤構築のアプローチ、業務効率化や施策高度化といった具体的な成果について、情報システムグループでグループディレクターを務める久本 英司様、データエンジニアの役割を担う岡田 敦様、データアナリストとしてプロジェクトに取り組まれた木村 いずみ様、そして本案件を担当した庵原 崚生とともに、これまでの取り組みを振り返ります。
課題・問題
「教科書通りの経営」を支えるデータ。顧客満足度以外のデータ基盤の整備が課題に

庵原:星野リゾートにおけるデータ活用の方針についてお聞かせください。今回のデータ基盤構築の取り組み以前より、内製化志向が強かったとお聞きしています。そもそもどのような背景から、データ活用に取り組まれてきたのでしょうか。
久本 英司様(以下、敬称略):経営体制を刷新した1990年代以降、星野リゾートではデータを用いた経営判断を重視してきました。ホテル事業に限らず、「経営は教科書通りにやるべきだ」というのが星野リゾートの価値観であり、経営戦略です。勘ではなくデータに基づいた意思決定を徹底するため、マーケティングでも必ず数値を確認したうえで施策を考えています。もちろんデータだけでは最終的な経営判断を下すわけではありませんが、事業やサービスの方向性を定める際には客観的な指標は必要不可欠です。
そうした経営判断を受けて、最初に活用が始まったのが顧客満足度調査のデータでした。紙のアンケートから始まって現在ではWebアンケートになりましたが、これまで一貫してサービス改善やブランド戦略に活かされてきました。
庵原:データ活用の仕組み化については、どのように取り組まれてきたのでしょうか。
久本:顧客満足度調査に関してはデータ活用の仕組みが整っていたのですが、それ以外の領域ではシステム化が進んでいなかったのが実情です。
ADR(平均客室単価)やRevPAR(販売可能客室あたり収益)、OCC(稼働率)といった宿泊業にとって重要な指標自体は基幹システムから抽出することはできたのですが、抽出以降は各部門が手作業で集計し、加工していました。そのため、最終的な数字に至るまでの過程までを細かに把握できる仕組みが整っていなかったのです。
庵原:特にどのような指標の可視化が求められていたのでしょうか。
久本:特に重視している指標がブッキングカーブです。これは宿泊日の数か月前からの予約推移を、前年や他施設と比較しながら着地を予測するものです。この指標をもとにマーケティング施策を打つのですが、データの整理に時間がかかると判断も施策も遅れてしまいます。そのため、特にブッキングカーブに関するダッシュボードが現場から求められていました。以前はExcelを駆使して作ったツールを各部署が別々で育てていた状況で、生産性も安定性も低かったのです。
庵原:そうした背景から、さまざまなプラットフォームやBIツールのTableauを導入されたのですね。
久本:はい。RevPARやADRといった基本指標をセグメント別やチャネル別に切り分けて見える化し、部屋タイプごとの動きも把握したいと考えていました。ただ、ようやく整備できたBIツールも、基幹システムから予約情報を抽出し、Tableauに直接つなぐだけの仕組みで、データ基盤としては安定性も精度も十分ではありませんでした。将来的な保守や運用までは十分に考えられていなかったため、データ抽出に30分かかっていた処理が1時間以上もかかるようになったり、中継用のデータベースとしていたMySQLが停止することあったりと、意思決定が遅れてしまうケースが増えていきました。
岡田 敦様(以下、敬称略):データ基盤の安定性に加え、パフォーマンスが出ないことや取得しているデータの信頼性にも課題がありました。複雑な仕様の基幹システムのデータベースから、自作スクリプトでデータを抽出し、分析用のデータをMySQL上で表現していたため、異常なデータが見つかった時の問題箇所の切り分けが難しく、問い合わせがあった時の調査などにも時間がかかっていました。
なぜプロフェッショナルサービスを選んだのか
今後の自社運用を見据え、データ基盤の構築によるデータ活用に向けた支援が可能

庵原:データ基盤が抱えていた課題に対して、どのようなアクションを取られたのでしょうか。
木村 いずみ様(以下、敬称略):私が入社後に初めて任されたミッションが、重くて実用に耐えないダッシュボードの改善でした。ただ、調べていくうちにダッシュボードという表層の改善ではなく、根本的なデータ基盤から見直さなければ解決できないと判断しました。
そこで直面したのが、人材やノウハウの不足です。今後のデータ活用や基盤の運用を見据え、最終的には自社で運用を担えるよう支援してくれるパートナーを探していました。
庵原:データ基盤の構築を支援するパートナーとして、弊社の「プロフェッショナルサービス」をお知りになったきっかけをお聞かせください。
木村:primeNumber社が毎年主催されているデータ活用促進イベント「01(zeroONE)」のイベントでセッションを拝見したことがきっかけでした。特に興味を惹かれたのが、イベント全体のテーマがデータ基盤とエンジニアリングに絞られていた点です。イベントブースでprimeNumber社の方とお話しし、その月のうちに初回商談へ進んだと記憶しています。初回の打ち合わせでは、私たちが抱えていた課題を率直に共有し、スピード優先、かつ新しいデータを投入できる受け皿としてのデータ基盤を整え、安定させる技術的な支援をご相談しました。
庵原:初回のヒアリングの段階で、データ活用戦略ではなく、データ基盤をいかに構築すべきかにフォーカスすべきと整理できたため、どのくらいの期間で、どのように整理されたデータ基盤を構築できるかご提案させていただきました。
まずはクイックウィンなプロジェクトとして3ヶ月で拡張性のある基盤を作り、そこで得られた学習を次の追加要求へ取り組んでいくスキルトランスファーを伴う伴走支援で自走化を支援する、というストーリーでご提案させていただきました。
木村:データエンジニアリングのプロとして早急にデータ基盤を構築いただけること、将来的な自走化を前提に伴走いただき、スキルを移転してくれることを求めており、まさにイメージ通りのご提案でした。自社の志向に合致したご提案だったため、改めてプロフェッショナルサービスをご依頼させていただきました。
取り組みのスケジュール・過程
短期間のデータ基盤構築を可能にした、明確なゴール設定と両社の共通認識

庵原:今回のプロジェクトは2025年2月にスタートし、3ヶ月後にはデータ基盤の構築が完了しました。いただいた要件が具体的かつクリティカルであり、特に「将来的にどういう仕組みが必要とするのか」というイメージが明確だったおかげで、短期間の構築を実現できたと考えています。
また事前ヒアリングだけでなく、構築フェーズにおいても細かなヒアリングを実施させていただき、実際の利用シーンに合わせた実装を意識しています。
木村:ゴールが明確で「まずはこれを作りましょう」とお互いに目線合わせができていたこと、改善が必要なら後から手を入れるという共通認識を持てたことが、スムーズな進行につながったと感じています。
庵原:具体的なデータ基盤構築の流れとして、まずデータがすでに流れていた既存の仕組みからデータを抽出することになりました。そこで弊社のETLツールである「TROCCO」を活用し、データウェアハウスとしてGoogle BigQueryを採用しています。Google BigQueryを選んだ理由として、もともと星野リゾート様ではGoogle Workspaceを活用されていた親和性と、ゼロベースでの立ち上げに適していた点です。
さらにデータ加工にはdbt Cloudを活用し、「TROCCO」でつなげたデータを順次整えていき、最終的にはBIツールのTableauで参照できる形に仕上げました。これによってデータ抽出から可視化までの流れをスムーズに構築することができています。

庵原:通常のプロジェクトでは、戦略の立案から着手すると半年以上かかるケースもありますが、今回はエンジニアリング作業に集中できたこともスピーディな構築を可能にした要因です。また、既存のMySQLを通じてデータに関する一定の知見を持たれており、やり取りが非常にシームレスでした。
今後の自走化に向けて、どのような取り組みをされていますか。
岡田:今回の取り組みでは、ナレッジトランスファーも行っていただきました。将来的には生成AIを活用し、今回得られたノウハウをマニュアル化したいと考えてはいますが、まずは自分自身がデータ基盤を理解し、しっかり実務で活用できるようになることを優先しています。将来的にデータエンジニアが増えた際に、共有できる下地を整えていきたいですね。
取り組み後の効果
ダッシュボード刷新で現場のデータ活用を促進。業務効率化と施策高度化が実現

庵原:基盤構築からおよそ3ケ月が経ちましたが、運用の手応えはいかがでしょうか。今回のお取り組みで得られた成果について教えてください。
木村:新しいデータを格納できる場所が整備されたことで、新しいダッシュボードをスムーズに展開できるようになり、これまで可視化できなかったデータを現場に提供できるようになったことが一番大きな成果だと考えています。以前のダッシュボードは、データ量の多さにより描画が遅く、グラフも多くて動作が重くなるという課題もありましたが、今回の改善によりユーザ目線で最適化されたダッシュボードを設計、提供できています。

特に経営層よりも現場での活用が先行しており、基盤が整ったことで既存の課題に着手できるようになりました。マーケティング部門のようにデータがなければ業務が始まらない社員にとっては、日常的に使えるダッシュボードが整備されたことは、業務の効率化と施策の高度化に直結する改善だったと思います。
また施設運営の現場では、提供するダッシュボードの種類も増えてきていますし、現場自ら数字を取りにいける環境が整いつつあります。意思決定の基盤としてデータ活用を進み、社員が主体的に分析する空気が生まれつつあることも大きな効果です。
庵原:データ基盤を構築しても、ベンダー依存のままでその後が続かないケースも少なくありません。重要なのは、データ基盤の構築をきっかけとしてデータ活用の主体であるユーザ部門が伸びていこうとする熱量があるかどうかです。星野リゾート様は、すでにデータ活用を広げる旗振り的存在としてDATA Saberを育成する仕組みが整っています。そうした全社を挙げてのデータ活用に対する姿勢が、今回のプロジェクトを成功に導いた最大の要因だと考えています。
今後の展望
現場主導のデータ活用を目指して。仕組みや人材育成で、データドリブンな事業展開を

庵原:今後の展望について伺います。経営支援や長期的な観点でのデータ活用の展望について、どのようにイメージされていますか。
久本:まずは木村さんと岡田さんがデータ活用を楽しく推進し、仲間を増やしていくことが大事だと考えています。特にデータ活用の領域は、ユーザ部門内に推進できるケイパビリティがあることが重要で、仕組みが整えば自然に広がっていきます。
そしてデータ分析はあくまで手段であり、業務や運営の最適化、あるいは離職率の低下など、さまざまな経営課題を解決するための予測力が求められています。そのために私たちの役割は「環境を整えること」であり、常に変化する経営課題に対応できる土台を作り続けることだと考えています。
岡田:宿泊施設の現場におけるデータ活用は、まだまだこれからです。ホテルブランドや施設ごとに重視して分析すべき軸や指標が異なるため、本来は現場スタッフ自身が基本的なデータ分析ができる環境が理想的です。
そのため社内でも勉強会を実施し、人材育成を始めています。将来的には施設やブランドを横断してデータに基づいた意見交換やナレッジシェアが活発に行われ、売上に直結する事例を現場からも生み出していきたいと考えています。そのためにも、安心して使える基盤としてガバナンスやセキュリティの整備も進めていく方針です。
庵原:primeNumber社には、今後どのように期待されていますか。
久本:データ活用の内製化や自走化を進めるうえで、自分たちだけですべてを完結させようとは思っていません。特にデータ活用のベストプラクティスは常に更新され続けているため、今後も接点を大事にしながら情報を共有いただけると助かります。
木村:自走化が大事である一方で、ベストプラクティスを常にキャッチアップするのは骨が折れる作業です。今は一通りのデータ基盤を構築できましたが、将来的にはより進化した仕組みにアップデートしていく必要がでてきます。その際に私たちに最適な形で新しい情報を提供いただき、共に取り組んでいただける存在であってほしいですね。
